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【忘れてもらえないの歌】滝野とレディ・カモンテの再会 [忘れてもらえないの歌]

【忘れてもらえないの歌】

稲荷と麻子が去って数年後、

滝野はうたごえ喫茶の店主をしていた




昼間は主婦の客が

『船乗り』を

大きな声で楽しそうに歌っている。

1杯の飲み物を注文し、

あとは水を追加する客だ

なんか注文してくださいよ

客)だって追加力金、かかるでしょ

追加料金でこの店は

成り立ってるんです

客)顔はそこそこなのに

 けち臭いのがダメなのよね

すいません

客)でもでも、マスターも昔

 バンドで歌って。

 そこそこ人気、あったんですよね

どうでしょうね!?(笑)

客)「どうでしょうね!?」て

 昔、ややモテた経験があって。

 今じゃそれほどでもない

厳しいなぁ

客)このままじゃ他のうたごえ喫茶に

 負けちゃいますよ

客)テレビでもあったらいいのに

客)それじゃみんな、

 テレビ見ちゃうでしょ

客)ダメよ。うたごえ喫茶は

 お店の人みんなで歌って

 楽しみたいわよね




そして全員で『カチューシャ』を

歌いだすのを

マスターの滝野は

カウンター越しに

微笑みながら見ていた。

この時、

客席も手拍子するんだけど

それは表打ち、

なのに

ヤスくんは日によっては

自然と裏打ちしちゃって(笑)

気付いて表打ちにすることが

あるので

(今日はどーかなー)と観察するのが

私の楽しみだった






盛り上がっているところに

鉄山がやって来た

鉄)借金の取り立てでーす




慌てて帰る客たち…

止めてくださいよ。

数少ない常連が逃げちゃいますよ

鉄)今さら焼け石に水だろ

そう言わずに

鉄)すまんすまん

何か飲みますか?

鉄)いや、いい

売り上げに貢献してくれないと

借金、返せませんよ

鉄)俺が払った金を

 俺が取り立ててどうする?

いや、そうですけど

鉄)そして取り立てた金を

 俺のボスに持っていかれる

へ?じゃあ

鉄)ついに鉄山一家も

 人様の会社の

 子会社になりましたよ。

 俺は、哀れ雇われ親分

はは、お互い頑張りしょう

鉄)これからは滞納は許されないぞ。

 お前がここを買い取るって

 言いだした時から応援はしてたが。

 だから金も貸した。

 あれからよく、一人で頑張ったよ

ふっふっふ、

一人で頑張りたかったわけじゃ

ないんですけどね




鉄山は滝野に金を工面し

何かと助けていたんだ。

よかった、店をやっているのは

滝野一人だったけど

応援してくれてる人は

いたんだ。

よかった、よかった






鉄)土地が売られりゃ

 上物は解体だな。

 いっそのこと、火でもつけて

 燃やしちまえ

せっかく空襲を生き延びたのに?

鉄)だってこのままじゃ

 悔しいじゃないか

場所さえ残れば音楽はやれます。

今も毎日、音楽好きが

集まる店なんです、ここは

鉄)国破れて山河在り。

 バンド破れてこの店あり、か

何ですか?それ

鉄)ここでみんなを

 待ってるわけじゃないんだろうな。

 そりゃあお前、

 ロマンチックが過ぎるって

 もんだろう




すぐには答えられず、

しばらくして笑いながら言った

はっはっはっは、まさか

鉄)ははは

はははは

鉄)金は協力はする。

 お前から借金を取り立てれば

 俺の株も上がるしな

なんかあてがあるんですか?

鉄)今、警備が手薄な銀行を

 探してるところだ。

 もう少し待ってくれ

いや。いや。出来れば違う方法で




それには返事せず

鉄山は帰っていった。

一人残った店内で滝野は

レコードをかけてみたものの

すぐに止め

何もすることがなかった。

ギターケースを開け

しばらくギターを眺めて

またケースを閉じた






ギターを売ろうとしたのは

もう音楽はやらない、

そういう決断をされたからですか?

少し、違いますね。

馬鹿らしくなったんです。

俺がいなくったって

音楽は鳴るんです。

そんな当たり前のことも

分からないでいきり立ってた。

ふふ、

音楽から少し距離を置こうと

思ったんです

それはやる、やらないより

もっと寂しい決断ですねぇ




記者には答えず

滝野は古物商に

ギターを売りに行った






たまたま行った古物商に

滝野は見覚えがあった。

あなたは闇市の頃から

古)誰だ?あんた警察か?

違いますよ。ずいぶん昔に一度




その古物商は大が一緒にいた人。

滝野は

楽譜を買おうとしたことがあった。

が、相手はそんなこと、

覚えちゃいない




古)このあたりじゃ、

 昔のことを知ってるやつは

 嫌われるよ

解ってます。ただ、俺の知り合いが

あなたの店から

レコードを盗んだことがあって。

そのレコードは元々

その知り合いが

『ガルボ』って店から

持ち出したもので。

それを誰かが盗んで

それをあなたが盗んで

店に並べていたのを

俺の知り合いが

古)堰を切ったように

 喋りだしてんじゃないよ。

 こういう商売やってると

 モノに絡めた思い出話を

 していくやつが

 たくさんいるんだよ。

 思い出話自体は別にいいのよ。

 悲しいことに人生は

 振り返る時のみが楽しいからなぁ。

 だけど知らないやつと振り返って

 どうする?

 人生唯一の楽しみを楽しむために

 楽しい仲間ってのが

 いるんじゃないのか!?

 仲間がいないのか?

 それは俺も同じだ。

 



一人で店を残し

思い出の店を守っていた滝野には

抱えている想いを話す

相手も場所もなかった。

やっと会話出来ると思ったのに

古物商に諭され黙るしかなかった。

そこへ女の浮浪者一団が

けたたましくやって来た。

手には何か、

拾ってきた鍋を持っている






古)うちは厳選したゴミしか扱わない

 高級ゴミ店なんだよ。

 こんな鍋

女)ここに刻印があるだろ。

 よく見な

古)あんた、臭いなあ

女)臭いのはお前だ




そのやり取りを見ていた滝野が

気付いた

カモンテ!?

レディ・カモンテじゃないですか?

女)その名で呼ばれると

 背筋が伸びるね

女1)そういうあんたは誰なんだよ

女2)借金の取り立てか?許さないよ

女3)カモンテは

 とっくに一文無しなんだよ

違います。

私はあなたが手放した店を

買った者です。

覚えてませんか?

滝野です、床屋の

カモ)あたしは誰のことも

 覚えてないね。

 私を覚えている人は山ほどいるよ。

 ありがとう、見知らぬ人。

 レディ・カモンテより愛をこめて




そして女たちは『あなたと二人』を

歌いだした。

カモンテ役の銀粉蝶さんの声が

とってもステキ!

年齢を重ねると

声が細くなる人をいっぱい見てきた。

マイク調節ではどうにもならない、

声の細さ、とかね




でも銀粉蝶さんは

一切そんなことはなく

声と表現の素晴らしさに

聞き惚れるばかり。

桑原裕子さんも

ピリっとしていて

つい目が行くのはさすが






鍋が売れて喜ぶカモンテたちに

滝野は思い切って話しかけた

あの、たぶん『ガルボ』は

もうすぐなくなります。

その前に一度、

店で歌いませんか?

歓迎します、

元はあなたの店なんですから

カモ)言ってる意味が分からないね

そうですか。

でも、待ってていいでしょうか?

カモ)その店、他に帰ってくる人、

 いないの?あたしだけ?

 ずいぶんさびれた店だったんだね

いいえ。たくさんのお客さんや

僕の仲間がいました。

でも、帰ってきたいのかどうかは

分かりません

カモ)したいようにしな、

 としか言いようがないよ

でも、僕のしたいことというか。

その、

僕がみんなのためになると

信じていたことは

一度だって

理解してもらえたことが

ないんです

カモ)それでも信じ続けるしか

 ないだろうね

え!?

カモ)いつだって

 信じていくことのみが救いで。

 結果に救いは無いからね。

 それでは

 そんなあなたにもう1曲だけ




カモンテは

『We'll Meet Again』を歌った。

情緒豊かで

歌詞のように切ない歌い方だった。

銀粉蝶さん、さすが!






記者)はははは

おかしいですか?

いや、ずいぶんと残酷な言葉を

聞いたなと思って。

思いつく思い出を

忘れようとしたんだなと

呆れ笑いです






滝野が『ガルボ』を守っていた時、

良仲はピアノのセールスマン、

稲荷は自分の『志集』を立ち売り、

麻子は街娼からソープ嬢へと、

それぞれがそれぞれの場所で

ひとりぼっちで生きていた






そのシーンでのBGMは

カモンテの『We'll Meet Again』

♪I know we'll meet again

some sunny day

( いつか晴れた日に再び会える)♪

歌う声がぴったりだった

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